漢字の意味の違いはこんなに面白い
剛宇星
1 漢字の意味の違い
日本語を勉強する中で、同じ漢字が日本語と中国語で全く異なる意味を持つ現象に気づきました。面白い発見がたくさんあります。例えば、「手紙」は中国語ではトイレットペーパーを意味します。ほかにも似たような例があります。中国語では、「新聞」はニュース全般を意味します。テレビニュースやオンラインニュースも「新聞」なのです。「運転」は中国語では会社や工場を「運転」するなどのように使われます。「勉強」は無理をしたり、かろうじて何かを続けたりすることを意味します。
いくつかの漢字は、もともと大きく異なる意味を持っていましたが、今は中国人も日本人もその意味を理解できるようになりました。例えば、「娘」は中国語では「母親」や「女性」の意味でも使われます。しかし、中国の若者の間では、「猫娘」「ウマ娘」「艦娘(かんむす)」「イカ娘」なども人気があります。
もう一つの例は「迷惑」です。中国では例えば、TikTok上の「迷惑行為大賞」があります。極めて奇妙で面白い行為を意味します。例えば、ペットボトルを路上やベンチに放置することは日本では「迷惑行為」です。しかし、中国ではこの行為は「迷惑」ではなく、単にマナーが悪いだけです。逆に、ある人が公共の場で何の理由もなく周りの人にお金を配ったら、それは中国では「迷惑行為」と呼ばれます。
これらの例を見ると、一つの疑問が浮かびます。なぜ同じ漢字が、中国語と日本語で全く異なる意味を持つようになったのでしょうか。これらの言葉は、もともと同じ意味を持っていたものが、後にどちらか一方の言語で意味が変化したのでしょうか。それとも、日本語では初めから、これらの漢字が違う意味で使われていたのでしょうか。この疑問をきっかけに、私は漢字の言葉の中国と日本の間のインターアクションについて少し調べてみたくなりました。
実際には、言葉の伝播は一方的なものではなく、中国と日本の間を行ったり来たりする双方向のものでした。そして現在は、日本語と中国語は以前にも増して、緊密に影響し合っています。
2 漢字語彙の交流の歴史
まず、これは私の考えですが、一つの重要な転換点があります。西洋文明が本格的に東アジアに進出してきた時代です。中国では、これによってアヘン戦争や洋務運動などが起こりました。一方、日本では黒船来航や明治維新に繋がりました。
この転換点より前の時代を、私は仮に「近代以前」と呼ぶことにします。この時代には、中国から日本に漢字と漢文と漢語の概念が一方的に伝わりました。日本にとって、漢字の受容は画期的で本質的なものでした。それは日本の表記体系の基礎になったのです。しかし、そこにも既に日本人の創造性が見られます。例えば、同じ漢字でも日本では様々な読み方があるのです。僅かな例外を除き、中国では一つの漢字には一つの読み方しかありません。
例の転換点、つまり近代以降、日本は先行して漢字を使って、西洋の新しい概念を翻訳する壮大な運動を開始しました。そして、日本で生まれた新しい漢字表現は中国で採り入れられたのです。
明治時代に本格的に展開されたこの一大翻訳運動では、主に三種類の漢字造語方法が用いられました。第一の方法は音訳型です。それは、漢字の音で外国語の音を模倣することです。例えば、「亜米利加」(アメリカ)、「露西亜」(ロシア)、「瓦斯」(ガス)、「倶楽部」(クラブ)などです。
第二の方法は「意訳型」です。これは、漢字の意味を用いて、西洋の新しい概念を表現するアプローチです。例えば、「哲学」「科学」「心理学」「主義」「制度」などです。
第三の方法は、中国の古典から意味の似た言葉を探し出し、それに新しい意味を与えることです。例えば、「経済」「文化」「革命」「自由」「共和」などです。
もう少し説明を加えると、例えば、「経済」という言葉は、古代中国語の「経世済民」に由来します。その意味は「国を正しく治め、民が安心して暮らせるようにする」ということでした。「文化」は古代中国語の「文をもって教化する」に由来します。「礼儀と音楽、古典を始めとする文学を教えることで人々を育てる」という意味でした。「革命」は、古代中国語の「天命を改める」に由来します。これは、「古い王朝が徳を失い、天命が新しい王朝に移る」という意味です。
では、近代中国はなぜ日本で造られたこのような新しい言葉を大量に受容したのでしょうか。日本は中国に先んじて、西洋思想の系統的な翻訳を一通り完成させていました。日本で誕生した訳語は、伝統的な熟語の作り方と一致していたので、中国人にとって非常に理解しやすいものでした。一方で、清末から民国初期にかけて、日本への留学生や書籍、新聞、雑誌なども、日本で造られた新しい言葉の普及を促しました。
3 なぜ同じ漢字の意味が違うのか
一体誰が言葉の意味を変えたのでしょうか。最初の問題に戻るとすれば、「手紙」「勉強」「風呂」などの言葉の意味が、中国と日本で別の方向に進化し始めたのはいつからなのでしょうか。誰がこれらの言葉の元の意味を変えたのでしょうか。
実は、これが言語の歴史で一番面白い点です。もし自分の母語しか知らなければ、このような問題について考えもしないでしょう。
大まかに言えば、これらの分岐には三つのパターンがあります。1. 古い時代には、意味がほぼ同じだったが、日本語の中で意味が大きく変化した。2. 古い時代には、意味がほぼ同じだったが、中国語の中で意味が大きく変わった。3. 日本語固有の言葉に漢字を当てはめるケース。あるいは、漢字の字形や音を借りて、まったく別の言葉を表記する。
例えば、「手紙」のもともとの意味は、「いつも手元にあってすぐに使える紙片」でした。「手」には「自分の手で書いた文字、筆跡」という意味がもともとあったので、日本では「人に送る、文字を書いた紙」という意味に変わりました。つまり「手紙」です。
中国では、「手元にある小さな紙」が日常のワイプとして定着しました。早くから製紙技術が発達し、紙が普及したのです。やがて手紙は「トイレットペーパー」の意味になりました。
もう一つの例は「勉強」です。元々の意味は、「無理をする」や「努力を自分に強いる」ことでした。現代中国語では、否定的なニュアンスが強まり、「しぶしぶ」、「いやいや」何かをするという意味になっています。これに対し、日本語では、「勉強」の意味が全く肯定的に変化し、「学ぶ」という意味になりました。この意味の変化は、江戸時代の朱子学の伝統と関係があるかもしれません。
もう一つの例は「風呂」です。日本語では「ふろ」と読まれ、「浴室」や「浴場」や「入浴」を意味します。しかし、「風」や「呂」という漢字には浴室という意味はありません。つまり、日本語では漢字を借りて、日本語固有の言葉の音を表すことがあります。いわゆる「当て字」です。
このことから分かるように、言語は常に多様に変化しているのです。発音や意味も、時間とともに変わります。
4 現代にも続く言葉の交流
今の中国では、アニメファンが多く存在し、二次元人間と呼ばれ、また自称しています。コナン(柯南)やフリーレン(芙莉莲)は既に現代中国語の一部になっています。
アニメを含むモダンカルチャーが原動力となって、中国と日本の間のインターアクションが活性化し、共に進化しつつあるのです。
5 結び
かつて、漢字は中国や日本だけでなく、朝鮮半島、ベトナム、琉球など、多くの国や地域で共通の文字として使われており、漢字文化の担い手でした。漢字には、漢字ならではの発想と知恵が込められています。
それが、中国本国でさえ、漢字を廃止して表音文字に切り替えることを検討した時期が一時あったのです。もし本当にそうなっていたとしたら、人類の文明にとって、大きな悲劇であったでしょう。
現在では、漢字を正式な表記体系の重要な一部として使っている地域は大幅に減り、主に中国と日本に限られています。中国と日本という二つの文明の間だけでも、漢字は互いに影響し合い、多くのユニークなアイデアを生み出してきました。漢字は、様々な歴史段階で、互いの文化の発展を促しました。
もしもより多くの文明が漢字を使っていたとしたら、どれほど輝かしい世界が生まれていたかは想像もつきません。漢字の面白さと奥深さをもう一度改めてご一緒に味わいませんか?
同一个词汇,不同的含义
—小议中日间汉字词汇的发展与异同
一 汉字含义的差异
同样的词语含义不同,是我在学习日语的过程中,不停碰到的一个非常有趣的现象。比如说“手纸”这个词,在日语中的意思是“书信”,决计不可以擦屁股。类似地,还有譬如“新闻”,在日语专指报纸;“运转/運転”,在日语主要指驾驶;“勉强/勉強”,日语里意为学习。
还有一些词,本来两国语义非常不同,但是现在似乎又有点能互相理解了。譬如“娘”,在日语里决计没有母亲的含义,它专指女儿或者年轻的女孩子。但在中国的年轻人中,什么“猫娘”“马娘”“舰娘”“乌贼娘”之类的早就耳熟能详了。
还有“迷惑”,我们经常说“迷惑行为大赏”,指的是“鉴赏”有些人做出的匪夷所思的事情。虽然“迷惑行为”这个词是从日语借鉴来的,但是在日语语境里,它单纯只是指“给别人添麻烦的行为”。譬如,把塑料瓶随手扔在路上或者长椅上,属于日语中的“迷惑行为”,但在咱们看来这一点都不迷惑,纯粹只是没素质而已。相反,如果一个人在公共场所毫无缘由地给周围的人发钱,这在中文语境里反倒属于“迷惑行为”。
这让我不禁想到,这些词语为什么在两种语境之下产生了含义的变化?是原始含义相同,却在某个文化中发生了语义漂移,还是日语在一开始引用这个词汇时,就赋予了跟我们不同的意味?本着这个疑问,我简单研究了一下汉字词汇在中日两国间的传播史。
事实上,词汇的传播不是单向的,而是在中国和日本之间往返的。到了今天,两种语言之间的互动更是比过去紧密得多。
二 汉字词汇互相吸收的历史
首先,这属于我个人的理论,这里有一个重要的时间节点:西方文明大举进入东亚。在中国,这引发了诸如鸦片战争、洋务运动;而在日本,则有黑船来航、明治维新。
在这个节点之前,我们姑且称为“近代之前”,主要由中国向日本输出汉字、汉文以及汉语词汇。日本对于汉字的吸收是根本性的,它成为了日本书写系统的基础。但它也是创新性的,譬如,同一个汉字,在日语体系里往往有不同的读法。除了极少数例外,在中文里一个汉字通常只有一个读音。
而到了我说的那个节点,或者我们姑且称之为近代之后,日本先行开始了利用汉字翻译西方新概念的大行动。这些在日本产生的新汉字表达,后来又反向被中国吸收。
这场在明治时期集中展开的大规模翻译,主要采用了三种汉字造词方式。第一种是“音译型”,就是采用汉字发音来模拟外来语发音。譬如“亜米利加”“露西亜”“瓦斯”“倶楽部”。
第二种是“意译型”,也就是利用汉字的意义来翻译西方的新概念。这包括“哲学”“科学”“心理学”“主义”“制度”等词汇。
第三种模式则是从中国的古籍中寻找类似含义的旧词,并给它赋予新的意义。譬如“经济”“文化”“革命”“自由”“共和”。
这里我多做一下解释。譬如“经济”,古汉语取自“经世济民”,意为“治理国家,让百姓能够安心生活”。“文化”,在古汉语中可理解为“以文教化”,意为“用礼乐、古典以及文学来教化和培养人”。“革命”,在古汉语源自“革天命”,意为“旧王朝失德,天命改授于新王朝”。
近代中国为什么会大量接受上述这类日本新造词呢?一方面,日本已经先人一步完成了一轮系统性的西方思想翻译。而这些翻译符合传统汉字熟语的构词方式,中国人很好理解。其次,清末民初之时,留日学生、书籍、报纸、杂志等等又共同推动了这些新词的传播。
三 这些词语的含义到底是被谁改变的?
那么回来我们最初的问题,像“手纸”“勉强”“风吕”这类词语,到底从什么时候开始,在中日两国发生了意义的分歧?是谁改变了它们最初的含义呢?
事实上,这正是语言历史中最有意思的地方。如果你只懂得自己的母语,可能永远都不会去思考这个问题。
大体来说,它们的分歧源自三种情况:一、古义相近,但是日本语境中的语义漂移得比较大。二、古义相近,但是中国语境中的语义漂移得比较大。三、日语有时会用汉字来书写日本本土词,甚至只是借用汉字字形或读音来表记一个完全不同的词。
譬如“手纸”,最早的含义是“手边用的纸、小纸片、随手可用的纸”。因为“手”有“笔迹、亲手写的文字”的意思,所以在日本,它逐渐演化成“写了字,送给别人的纸”,大概就是书信的意思。
而在中国,“手边的小纸”逐渐成为日常擦拭用的纸。中国很早就发展了造纸技术,纸张也得到了普及,最后“手纸”变成了“卫生纸”的意思。
而譬如“勉强”,古义为“勉力而行,强迫自己努力”。在现代汉语中,它的负面意味变得更强,譬如“不情愿地”“硬撑着”去做某件事。而日语则完全发生了正面的转义,变成了“学习”的意思。这个转义的发生可能跟江户时代朱子学读书的传统有关。
而譬如“风吕”,则是另一种情况。在现代日语中,它读作“ふろ”,可以表示浴室、浴场或者洗澡。但是“風”和“呂”这两个汉字本身,并没有“浴室”的意思。也就是说,日语借用了汉字来表记日本本土词的读音,这就是所谓的“当て字”。
由此可见,语言从来不是一成不变的。它们的发音和含义,都在随着时间而不断变化。
四 一直延续到今天的语言交流
到了今天,中国的动漫爱好者已经非常多了,大家会把自己称作“二次元人”。像“柯南”“芙莉莲”这样的名字,实际上早已经成为现代中文的一部分。
包括动漫在内的现代流行文化,又成为了新的推动力,让中国和日本之间的语言互动重新活跃起来,并且还在一起继续演化。
五 结语
曾几何时,汉字曾是诸多国家和地区共同使用的文字:除了中国和日本,还有朝鲜半岛、越南、琉球等等。汉字本身也包含着汉字独有的思维方式和智慧。
又曾几何时,连中国都在考虑,是否需要废除汉字,改用表音文字。幸好没有发生,否则,这将是人类文明的一场巨大悲剧。
而在今天,仍然把汉字作为正式书写体系重要组成部分的地区已经大大减少,主要集中在中国与日本。仅仅在中国和日本两个文明之间,汉字词语的互相影响,就已经产生了如此多独特的想法。它们在不同历史阶段,都推动了彼此文化的发展。
不敢想象,假如有更多的文明使用汉字,那将会呈现出多么辉煌的景象。汉字的有趣和深奥之处,也许值得我们再一起重新品味一次。
